吾妻はこう読みました
[つっこみです]
2003年 4月 11日(金) 22時 39分
感想だけど……今回はもうこれについて書くしかないかな。
おつむへんてこ、へんてこおつむ
取りあえず最初のつっこみ。
関ヶ原は一応岐阜県なんですけど。
関ヶ原強調する割には伊吹山のこと書いてないし。
あとは思いついた順番に適当に書いてみよう。
信長って安土に城を築いたけど、実はもう大阪石山本願寺を改築しようとしてましたよね。まぁ秀吉がしっかりその後を継いでますけど。
司馬遼太郎の「近江から始めましょう」がまた聞けるとは思いませんでしたね。また「街道をゆく」見ようかしら。
司馬遼太郎、白洲正子ときて水上勉がでてこなかったのは惜しいかな。ここまで長くしたんだし、どうせならもう書いて欲しかった。
そうそう。お江与の方(作中では淀殿の妹と表現されてます)に関してはさんざん言った割に浅井家については何も言ってませんね。やっぱり信長裏切ったからだろうか。
せっかくだから六角について書かないと。たしか楽市楽座を最初にやってのけたのって南近江の六角佐々木氏ですよね。そこから斉藤、織田と流れたんじゃなかったっけ?(記憶がおぼろ)
あっ、近江商人。大阪商人もそうだけど、会津商人も近江商人が蒲生氏を慕って移り住んでいったのが始まりですよね。まぁそんなに有名じゃないかな。
>「グリコ森永事件の犯人を逃がしてあげたのは滋賀県警です」
笑いました。
>高虎は実に多くの城を手がけた。
ほとんどが増改修工事ですよね。書くなら聚楽第を入れておいて欲しかったかな。(更に言うなら津城ではなくて安濃津城の方がしっくりくる方の人間です)
基礎から作るのは加藤清正とどっちが上手だったのだろう?
ちなみに藤堂高虎は主君にめぐまれず家康が8人目の主ですよね。
>滋賀が本気になったら大阪湾くらいかる〜く埋めちゃいますから
そうそう、京都大阪の水の話は……しない方がいいですね(笑)(これに答えてくれるのを期待しておこう)
ってことでこの作品に対するつっこみだけで今回はお終いです。
最後の方はもうわからないからいいや。
誤植には私はもうつっこめないし……(これもつっこみか?)
では頑張って剣を書いてみますか。