St. kはこう読みました
[聖人への道3]
2003年 4月 30日(水) 18時 36分
■春の息吹
文体が「まだまだがちゃがちゃ」してますね。いろいろ狙ってるのはわかるんですが、例えば繰り返し効果。「つぎつぎ」「ついつい」「もっともっと」「あなた」なんかはいいと思いますが、第二段落に「まだ」が3つくるのは今一つ。繰り返すと汚くなってしまいます。あとですね、変な場所に受動態、忘れた頃に甦る体言止め、細かいところでは「その実」なんていう若者?らしくない言葉遣い、って辺りが気になります(最後の「達」は誤植でせう)。でもでも、こういった試みは評価したいです(も少し進化したら投票しますね〜)。未完成のポリフォニー。究極的にはやはり、ポリフォニーとホモフォニーの完全融合を目指して下さい。モーツァルト後期のように。
■vital. -blast wave-
リズムは「ふつうに」いい感じですね。ふつう、ってとこがミソかも知れませんが。そして意味は、いくつか引っかかる箇所があります。「たましいのかけら→てんくうのさけび」・・・いきなりでっかくなってない?とか、「堅くて、すべすべしたもの」・・・何だろう?とか、「すべて均等」「すべて平等」・・・ちょっと空想っぽいけど夢の中ですか?とか、「数本」って何本?・・・とか。全体的には「きれいすぎ」って気もしますけど、そこはまあ、長所と捉えるべきでしょう。若々しさが魅力のホモフォニー。目指せ新世紀印象派!←かな〜りテキトーに言ってます。あまりお気になさらないよう(^^)
■おつむへんてこ、へんてこおつむ
これはある意味、形式と内容が一致していますよね。投稿規定の無視っぷりとテーマの「爆発」が。それはおいといて、妙な誤植はギャグなのでしょうか?そんなことで価値が変動するようなデリケートな作品ではないというわけ?まあ、それもおいといて、知識羅列の破壊力っていうのも一種のレトリックなのかな?
□オマケ1
剣豪について。相場ということで言うなら、ちゃらちゃらした若造がちゃんとして見える紳士より、実は物事の真実・真理を鋭く捉えていた、というのもあるわけで、現実には剣豪然とした人が不動の構えのままあっさり斬られて終わり、ということも少なくないんです。剣豪は遊郭で裸踊りしてたって、やっぱり剣豪であって(一瞬のスキを狙ってるのかも知れませんよ!実際、バカっぽくしてた方が、敵はどんどんスキを見せてくれるものです。ちなみに毒舌について言えば、自己鍛錬にもなるわけです。変なこと吐いたらかっこわるさ倍増するし)、どんなに威厳を人工的に醸し出してみたところで剣豪じゃない人は剣豪じゃないと思います。でも固定観念に縛られているとその辺の見極めが出来ないわけで、認識が表面で止まってるって感じ?・・・で、何が言いたいかというと、つまりですね、作品に深みが出てこないということなんです。特に重いテーマを扱った場合、致命傷になる可能性もあるでしょう(決して水牛子さんが特にそうだとは思わないです。ただ、敢えて重いテーマを選んだなら、より厳しい批判に曝されるのも宿命かと・・・)。実感を疑うことから始めましょう!固定観念を突き破りましょう!!深層に迫りましょう!!!ってね。何か偉そうですけど。例えば「生まれつき鋭い云々」なんてのももっと疑うべきと思います(^^)
□オマケ2
古い話になりますが夕陽コンテストの自作について。作者コメントに書いたようなことはサブリミ効果として置いておくとしても、やはり、桜ではダメでしょう。唐突っぽい出し方も夕陽でしか使えないし。なぜなら、夕陽はふと気付くものだけれど、桜はまだかまだかと待つものだから。加えて、夕陽は「消えるけど消えてない」反して桜は「消えてないけど消える」ものであり、とっかえるとイメージがおかしくなり・・・ただまあロンリでサクサク進めるのはある程度まででしかなく、作品の善し悪しについてはよくわかりません。
P.S.
作品について語ることについて。言っても始まらないことは語るだけムダと思いますが、それを言うことによって読み方が一変する可能性のあるようなことは語るのもアリかと、むしろ機会があるならば語るべきと、思います。例えばノルウェー語の作品をスウェーデン語で書かれていると思い込んで読んでいる人がいたら、それはノルウェー語ですよと教えてあげるべきでしょう(冗談でも当てつけでもなくまじめに言ってます)。
以上、4月の戯言おしまい。