「ハウダスの問題について、本日厚生労働省は使用禁止・全面回収の方針を明らかにいたしました。ハウダスはハウスダスト低減に効果があるとされ、インターネットを通じて爆発的に広まりました。しかしながら一部の虫を活性化させ、奇形を生み出すことがわかっており、人体への影響も危惧されております」
「なぜこんな危ないものが広まってしまったんでしょうか」
「もともとハウダスは日本では未認可で、薬局では扱っていなかったのですが、インターネットの口コミを通じて爆発的に広まり・・・」
いやだなぁ。どうして決まり事を守れないのかな。
聴きながら首をかしげる。
ま、いいか。わたしが悩んで解決する問題じゃないし。
ロングの髪を軽く払い、肩での遊びをリセットすると足早に歩き始めた。
「すっかり遅くなっちゃった」
辺りは薄暗くなり、わたしは迷わず林を突っ切って近道することに決めた。
まばらに生えた木々の間を早足で通り抜ける。落ち葉で湿った地面を踏みしめるとパキッ、パキッと小枝の折れる音がする。
!・・・
軽快進めていた足取りをピタと止め、その場に固まる。ク、クモ。それもこぶし大ほどもあるやつが大きな網を張って行く手をふさいでいる。
思わず回れ右する。
あんな大きなクモ、初めて見た。いやだなー。夢に見そう。
そんなことを考えながら歩を進める。
えっ、なぜ?
数十歩進んでまた、固まった。なんで、なんでここにもいるの?さっき通ったばかりなのに・・・
落ち着け、落ち着け。理由は分からないけど、進んでも駄目、戻っても駄目。どちらかは突破しないといけないのよね。それなら・・・最初のやつを何とか通り抜けよう。覚悟を決めて、回れ右する。
「こんなところにいたっけ。なんか増えてるような・・・」
もとの地点に戻りつかないうちに別のやつと出くわす。
「こ、これを超えなきゃいけないのよね」
近くでうようよ蠢くこぶし大ほどもある大きなクモ。頼むから気付かないで。嫌そう思いつつ、しかし近づいたらすぐ逃げられるよう凝視してしまいながら、恐る恐る巣の隙間をくぐりぬける。
助かった・・・
だがホッとする間はなかった。
正面に目を向けるとまた、別のクモと目が合う。止まりきれずそのまま突っ込む。目の前で超どアップになるクモ。
「わっ、わっ」
思わず手を前に突き出し、藁ならぬクモの巣をつかむ。
幸いクモは巣が大きく揺れたのを感じて逃げていく。残された糸が手に顔に絡まる。
もういやーーーーーーー
目をつぶって駆け出した。
ハアハア、家にたどり着き荒く息を吐く。
「ねぇ、クモがついたりしてないよね!ね、そうよね!」
出迎えた兄にまくしたてた。
「どうしたんだ?まあ、見てやるからちょっと後ろ向いて」
無言で兄の後ろまで進みピタと止まる。
「どう?」
背中越しに問い掛ける。
「これかな」
500円大ほどのクモを目の前に示した。
「えっ」
絶句する。
「このくもはひょっとして・・・」
兄がなにやら呟く。
「もう大丈夫だよね、もうクモは残ってないよね」
硬直が解けるとわたしは兄に畳み掛けた。
「うーーん、どうかなー」兄の表情が曇る「このクモだけど、吸血性でね」
吸血性?そんなクモ、いるの?
そんなわたしを見越したように兄が言葉を続けた。
「日本にはいないはずだったんだけど。
それより巣に触れたりしなかったか?」
「えっ、どういうこと?」
「卵とかこぐもとかが体内に入ると中で繁殖するんだ」
中で増える?体内でクモが蠢くの?中から血を吸われるの?そうなったらわたし、どうなっちゃうの?
想像ばかりが膨らむ。
「ともかく体を洗え」
兄の言葉に従い、あわてて風呂場へ駆け込んだ。
体を念入りに洗った。それでも最悪の想像が頭にこびりついて離れず、気付くと際限なく洗っては流す作業を繰り返していた。
なにやってるんだろう、わたし。繰り返したって意味ないのに。
多少落ち着きを取り戻し、風呂場から出る。
とりあえず体は洗って汚れは落とした。だけど、もし卵が体の中に入り込んでいたら・・・
「いや!」
自分の叫び声で我に返る。でも、どうしたらいいんだろう。
「これを飲んで」
兄が来て一錠の薬を出した。
「虫下しだ」
ごくっ。
いわれるままに薬を飲んだ。
これ大丈夫。ホッと一息つく。
いろいろあったけどこれで終わった。
でも、なぜだろう・・・安心すると同時にふと疑問が生じた。
なぜ、あんなクモが大量発生したんだろう。あの爆発的な増殖はどう考えても異常だ。もしかしてハウダスのせい?それならどうして兄はそんな奇形のクモなんて知ってたんだろう。なんでそんなのに効く虫下しなんて家にあったんだろう。
「これ、無認可の薬じゃないよね」
恐る恐る聞いてみる。
「そ、そんなわけないじゃないか」
兄は答えたが、一瞬驚いた顔をしたのをわたしは見逃さなかった。
「うそ・・・」
追求しながらわたしは意識が急速に暗転していくのを感じた。