夜風には秋の薫り。夜空は幽かに星空。
心地よい風に吹かれながら、僕は池袋の西武口でいつものように二人を待った。
「かんぱーい!!」歓声とともにグラスが鳴り響く。
「いやぁ今日も何とか間に合った」と裏返った声で言うのは、"ジョー"城島。中堅のコンピュータシステム会社でSEをやっている。ビジネススーツに身を包んだジョーは、日曜日の飲み屋では異星人のように目立っていた。
「間に合わせてあげてるんだって」と切り返す"オバQ"天野。バイトで生計を立てながらイラストレータを目指していて、その出で立ちは擦り切れたジーンズにアメコミのTシャツ。
ジョー、オバQ、そして僕の三人は高校時代からの仲間で、高校卒業以来時々集まってこのように飲んだり騒いだりするのであった。
今日もジョーにオバQが噛みついて、そしていつものように二人の応酬が始まる。
「ひでぇ、今日も彼女の誘惑を振り切って来たっていうのに」と冗談めかすジョー。
「逃げてきたの間違いだろ。やめちゃえやめちゃえ、そんな彼女」一刀両断のオバQ。
「だめだめ。オレ彼女に食わせてもらってるからさ。でも近頃夜も寝させてくれないしなぁ」
「なにのろけてんの。自分で選んだんでしょうが」
「はいっ、アスパラベーコンとポテトピザになります。熱いのでお気をつけ下さい」
そ知らぬ顔で店員がオーダーを置いていき、不穏な会話は一時中断となる。
「ふっふっふ。Q太郎も青いな。不可抗力というものを理解しておらん」
「んんっ‥‥なにそれ美味しいもの?」
「んー、人はパンなしには生きられないってことよ」
「人はパンのみに生きるに非ず。パンがなければケーキを食いな」
ジョーは煙草を取りだして、苦笑いを噛み殺しながら火をつける。ジョーの口から丸い煙が昇るのを見つめながら、僕は些か冒涜的な味のするワインを飲み下した。
「なんていうかさ」ジョーが煙とともに呟く。BGMは「蛍の光」。
「前からこう、何かやりたいなって思ってて。写真とか潜りとか、本書いて映画みて曲作って、空を飛んで‥‥でもSEで食うようになって、近頃ようやくわかったのが、金と時間ってこと。何かをやるには何にしても金と時間がかかるって。それがなければ何もできないって‥‥それでいい加減気が抜けた。」
「‥‥いや、それはさ」とオバQが砂肝の串を置く「誰もやり遂げるつもりはないってことでしょ」
「出たな。投げやりな性格に見せかけておいて、実は理想主義者のQ太郎」
「出たともさ。マイペースに見せかけて、実は周囲が気になるジョー」とモスコミュールを一気に空ける。
「金がない時間がないっていうのはさ、努力で超えられるものじゃない。それでやめちゃうっていうのは、決意が半端な証拠。欺瞞だよ」
「フフン。望めば何にでもなれるとでもいうか、このピーターパンは」ジョーは天狗舞を空けて立ち上がる。
「ハハン。夢のないところに価値はないね」オバQもジョーを見据えて立ち上がる。
そして僕も立ち上がり、三人そろって店を出た。見上げると、先ほどは幽かだった星も今ははっきりと見える。
地上に目を戻すと、二人が僕をのぞき込むそうに見ていた。そしていつものように、僕に尋ねるのだ。
「ところで」「お前はどっち?」
僕は精一杯、微笑んだ。